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何とかなるさ

まず自分自身が前向きに楽しむこと。
残り一歩を踏ん張れる、さらに一歩を踏み出せる。
そうでなければ周りもポジティブになるわけがない。

自分を変えないと変わらない。
やらないと始まらない。
人が変えてくれると思ったら大間違い。

周りが仕事しやすい環境を作ること。
それが一番の効率化。
やらされ感があったら改善なんて進まない。

人に仕事を任せること。
そうでなければ人は育たない。
自主性や当事者意識もうまれない。

論理を振りかざす前に人間であることを忘れてはいけない。
尊敬や感謝は強固な関係を作る。
組織がいざという時に、個々が踏ん張る底力となる。


覚悟するまで大変だけど、一度してしまえば支えになる。
進み続ければ、いいことあるさ。

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2013-06-29 15:58 : 考え事 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

さてと

昨年は進歩が小さい年だったけど、
何となく周波数の合う方々が周囲に増え、広く深く繋がりを感じる1年だった。
必然的に、声がかかり始め、自然と存在感が確立される好循環。
これも気持ちをポジティブにする簡単な心がけが、そうさせたのか。
続けてみよう。面白いことができそうな期待感。
楽しい。

一方、子供との人としての繋がりもトライアルを開始。
自分の時間を削る覚悟を決めて、本気で接する。
手をかけるということも、伸ばす手法のひとつと実感。
先の見えない将来の中で、いかに生き延びていくかの素地を作るのは自分の責務。
素地さえできれば、あとは自由に人生を選択し、成長していくだろう。

今年はあと11カ月もあるのか、色々出来そうだな。
さて、これからだ。
出来る。


クサッ・・
2013-02-01 23:50 : 考え事 : コメント : 2 : トラックバック : 0 :

記憶と日常

先月、仙台に出張時、レンタカーを借りたので海岸沿いを走ってみた。更地。時々残っている建物の1階部分は破損している。
sndi1.jpg sndi2.jpg

いつ地震が起こるのか、いつ富士山が爆発するのか、いつ近隣諸国から攻められるのか、いつ国が破綻するのか、いつ政治麻痺で世界から取り残されるのか、いつ原発が爆発するのか・・・。

今思うと、9.11以前の90年代は相当平和ボケしていて、のんきな幸せ状況だったんだな。3.11以前の00年代は不況もあってどんよりしてたけど、まだまだのんき。(気づいていなかっただけとはいえ)のんきで良かったあの頃に戻って欲しいと思わなくはないけど。

sndi3.jpg

ふとしたときに感じます。日常は尊いのだ、と。
忘れない。忘れなければ、感じる有り難み。それもハッピー。

#常に備えも、忘れずに→自分。
2012-09-22 06:59 : 考え事 : コメント : 3 : トラックバック : 0 :

国内製造業に見る、自分の価値

 ここ数年、日本の製造業の空洞化が叫ばれています。最近の増税の話や円高、少子高齢化などの影響もあり、増々加速されるという記事をよく見ます。日本は技術力やコーディネーション力、R&Dをより強化して、ブランド力を高める必要がある、、と人ごとのように認識しています。

 さて、これを産業という面だけで捉えていいのでしょうか。産業の危機は、産業に関わる個人の危機でもあるのですが、その産業の危機とは別に、しかし同様に、正に個人その人自身の危機が迫っています。(そういえば、たまたまこのタイミングで、「人材のコモディティ化」という言葉を知った。なるほど的を得ている。)

・あなたの仕事は、海外でのオフシェア、アウトソースに取って代わるような内容ではないか
・単価の安い優秀な外国人従業員より、効果的に仕事ができているか
・M&Aで突然、所属会社が代わったら、リストアされないか、もしくは大幅な減給されないか
・やろうと思えば経営判断まで出来てしまう"IT"を導入したら、自分の仕事は要らないのではないか
・いづれかの理由で職を無くした場合、もしくは大幅減給があった場合に、転職できるのか(空いているポストはそうそう無いだろう)
・大震災がもう一度襲って、日本経済が麻痺しても、職を失わないか

 これは切実です。あと2,30年働かなくてはいけない世代は特に。気が重いわ。仮に大手企業だからといって、公務員だからといって安泰だという考えはもはや幻想で、痛い目にあうと思う。このままの状況が続くわけがない。痛い目に合わないために、今、選択を迫られているような圧迫感はあります。主にサラリーマンとしての選択は2極化しているような気にさえなる。

①業務フローの中の1つのパーツとしてそれなりに頑張る。
 家庭と一緒に過ごす時間を増やしたりや個人の趣味を充実できるかも知れない。ただ仕事での満足度はどうか、収入も上がることはそうそう期待できない。マイホームに子どもの学費・・心配です。

②独自の能力を身につけるか、総合力を圧倒的に伸ばすかで、ユニークな存在になる。
 仕事の満足度は高く、収入も維持/向上できるかも知れない。しかし相当な努力を継続する覚悟が必要。多少、家庭や趣味が犠牲になるかも知れない。

 でなければ、起業するか一次産業に転身するか。ヒモになるか(これいいな!)、パラサイトになるか、原発問題もあることだし国外逃亡するか。選択の道があるだけマシ。今、一般的な中間管理職以上は②でしょうね。仕事や生活のレベルを下げられる人は少ないでしょうから①は無理でしょう。他の選択肢もリスクを考えると、選択する人は少ないでしょう(ここでは触れないとするが、目指すのも一手!)。②でも、長期に保証されるというわけではないけど、それしか道がない。信じるしかない、「自分は何とかする!」と。

 高度成長期は、束になって国/産業を発展させ、終身雇用と年功序列で不安も少なく安定した世の中だったのでしょう。その安定がなくなると、不安が蔓延し殺伐としてくる。ある意味、高度成長期の状況は社会主義的。もうその頃に戻ることはない。この停滞している経済/産業、国家を見るにつけ、もう個人のパワーを解き放つ必要があるのではないか。皆でウダウダやってても何も進まないし、進んだとしても、効かないパンチのような対策に落ち着いてしまう妥協の塊。

 であれば、異彩を放つ者や、根気強くやり抜く者を抽出し任せる。多少の不具合があろうが(独裁はいかんが、そのような人には任せない)、今のように進まないよりはいい。人間性と政策がぶれてない人が選ばれ、周囲の監視があれば、大きく道を逸れない。個人のパワーを解き放つ時。そのような人たちを邪魔しないような仕組みやサポートが必要。これが上司や幹部の役目。

 個人のパワー、そう自分自身のパワー。いつ活用されてもいいように、活用してもらえるように、活用中ならさらなる高みを目指せるように、日頃から危機感を持って力をつけて行かないと、何でも経験していかないといけない。もうこの状況で、危機感を抱かずに生きること自体無理。諦めて、受け入れていくしかない。それが当たり前になれば、意外と引き締まって心地いいかも知れない。

#いったい何がいいたいのか分からない・・コレが現状という認識。
 
2011-08-20 23:30 : 考え事 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

あるひとつの理解

 ここ最近、岡本太郎さんや安藤忠雄さん、オードリーヘップバーンさんの著書や作品に密度濃く接したせいだと思うけど、以下のような理解が頭の中に浮かび上がっています。

 「人間の強い思いとそれに伴う行動が芸術であり、それは、人間の存在価値、人生そのものではないか」

 あるひとつの側面かも知れない。単なる一時的な感情がこの理解を捉えただけなのかも知れないが、今までより、芸術というものが世の中において基礎的な性格を持ち、非常に重要な要素だいうことを、ずっと強く意識できたことは成長と捉えたい(希望)。

 一方で、強い思いというのが相対的に低くても、幸せに暮らすという価値観だってある。今、この場のこの出来事が出来ない状況になったら、この場のこの出来事を切望するだろう。そんだけ今は恵まれているということ。それぞれの人生がある。それぞれが素晴らしい。自分だって今だにどんななのかわからん。

 両面ともに立ち向かわなくてはいけないのは、間違いなようです。


 
2011-05-23 21:08 : 考え事 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

考えよう、(ものは)考えよう

4月末に、いよいよな歳になりました。

孔子でいうところの "不惑"
「吾、15にして学に志し、30にして立ち、40にして惑わず、50にして天命を知る。60にして耳順(耳にしたがう)、70にして心の欲するところに従って矩(のり)をこえず」

ゲーテでいうところの "野心"
「10歳のとき、人は、菓子に動かされ、20歳にして恋人に、30歳にして快楽に、40歳にして野心に、50歳にして貪欲に。いつになれば、人は知性に従えるのだろう。」

さらにゲーテでいうところの "真のプラトニックな恋愛"
「20代の恋は幻想である。30代の恋は浮気である。人は40代に達して、初めて真のプラトニックな恋愛を知る。」

なかなかいいじゃないか。誕生日前に保険も見直したし。不惑!、野心!、真の恋愛!でいってみよう!! よしっ。と気合を入れたら、屁が出た。締まっていこ~!(まぁ、福山雅治も下ネタを言うし、、と言うと、どうも彼の場合は許されるらしい。しかもオヤジではないらしい。妻談。)

人間性、経験、学問、渋味、、、増大した自分を見てみたい(!?)。

同世代の大好きな方々。言わんとしているところは言わずとも。
【同級】 カープ 前田智徳!、ジェフ千葉 藤田俊哉!、ホークス 小久保裕紀!、スケート 岡崎朋美!、アーティスト 山崎まさよし!/ YUKI!、女優 藤原紀香!、芸人 矢部浩之!
【先輩】 テニス 伊達公子!、サッカー 三浦知良! / 中山雅史!、カープ 石井琢朗! / 豊田清!

みんなスゲーよ。感動的。



2011-05-03 05:31 : 考え事 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

エイプリルフール

今朝の日経新聞に「自粛は萎縮を生むだけ」と。

3.11を機に、一変した外的・内的環境。
ひとつの感情がそう長続きしない、時に忘れることも人間の能力というけれど。
各自が悩み考え抜いたことが、前に進みだしたと考えることにしよう。


今ほど、宇宙を意識せずにいられないことはない
今ほど、地球の生命を感じることはない
今ほど、自然に住まわせて頂いていると実感したことはない

時間が刻々ときざまれることは確からしい
日常は何と尊く力強い

ふと見上げてみれば星がいっぱい輝いてる・・・
今こそ、再生が始まるときと
栞(しおり)を付けておきましょう

KC3A0173.jpg
*息子作
2011-04-01 23:06 : 考え事 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

種の保存

先月、法事で親族がそろったのですが、なぜかほっとする安らぎを感じます。定期的にこうやって、死んだ祖父母の為に集まるのは、供養の為でもありますが、皆が集まる機会を与えてくれています。そういう血を残したんだな、祖父母は。。本当に有難いことです。

お互いの子供、孫の成長を喜び合うということ、自然です。生物学的にみると、種の保存のためにDNAを残そうとする力の最も近しい結集が親族なわけで、普段会わずとも集まればこんな雰囲気になるのだなぁ。有る意味、素の生命感を感じるとでもいいましょうか。動物の本能といいましょうか。

そういうことを考えているうちに、私の祖父母は父方も母方も商売を1から立ち上げた人だという共通点、その血を引き継いでいる自分がいました。何となく心強く感じたし、これからの自分への期待することにも影響しそうです。

憎しみあっている親族があるなかで、良い環境にいることに感謝しないと。家族や親族は、社会の基本単位でもありますから、そこが安心していられるということだけでも私は自己実現理論からしても幸運に恵まれています。これを下の世代に引き継ぐのは責任ですね。そして、親族だけではなく地域、日本、世界中がこの無情の愛に溢れるといいな。
2010-09-19 21:00 : 考え事 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

切り口

先日読んだ「フリー」にしても「異端の数 0 (ゼロ)」にしても、その物事を捉える "切り口" で勝負が決まっている

まず、その視点。フリーなサービスにしても、ゼロにしても、その辺にありふれている事柄だけど、それを "テーマ"として扱うことで、新たな命が吹き込まれる。概念化される。当たり前のことでも、その裏には数々のストーリーがある。

そしてケースの収集。数多くの"テーマ"に沿った話題やエピソード、歴史上の出来事を集める事で、単なる"お話"が あたかも一貫性のもった "情報" へと変異する。多少強引でも"数量"は勝利するんだな。

と、何だか思ってしまったわけです。ふむふむ。
2010-04-06 21:33 : 考え事 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

備忘録 - クロポトキン「相互扶助論」

昨日の記事の "フリー" の中に、クロポトキンの「相互扶助論」(1902年著)について書かれた部分があります。かなり本質なので、ちょっと忘れないようにメモしておこうと思う。

『人に何かをあげることは、お金のためではなく自己満足のためだと彼は言ったのだ。その満足はコミュニティや相互扶助や支援に根ざしている。すすんで他人を助けることで、相手も同様にふるまうようになる。「原始社会」はそのように動いていたとクロポトキンは主張した。贈与経済は市場経済よりも、人間の自然の状態に近いのだと。

しかし、それを実践しようという試みはあらゆる規模で失敗した。集団の人数が150人を超えると、相互扶助を監視する社会的絆がゆるみはじめるのが主な原因だった。したがって、一国規模の大きさを持つ集産主義がうまくいかないことはほとんど運命づけられていた。互恵にもとづく大きな経済がうまくいくのは、バーチャル世界の登場まで待たなければならなかったのだ。』

(150人という数字は「ダンバー数」と呼ばれる。それは経験則により割り出された数字で、人間のコミュニティで各メンバーが強い絆で結ばれたままでいられる構成員の上限数だ。)


なるほどな~。素晴らしい考察だと感じました。そもそも、自己満足はマズローの欲求段階説では、一番上位の欲求なのですよね。ということは、このインターネットの相互扶助の世界というのは、それより下位の欲求(生理的、安全、所属、承認)がある程度満たされているということでしょう?(違うのかな)

これは良い世界じゃないですか。明るい未来を期待したいです。今の物質的な欲求は多少我慢しなくてはいけないのかも知れません。皆が同じように物質的に富むのは不可能でしょうから。その代わり"フリー"という概念もある。そして精神的に健康であれば、幸せです。ただ素朴に生きていた「原始社会」が実は一番理にかなっているのかも。。
2010-03-15 21:43 : 考え事 : コメント : 4 : トラックバック : 0 :

パラドックスだからバランスが必要なのか!!

今、"フリー"という昨年出版された話題の本(もう古い??)を読んでいるのですが、感想は後日記すとして、あまり本題とは関係のない いちフレーズに "これかっ" と感じた。

『パラドックスは私たちが関心を持つ物事の多くを動かしています。 ~略~ パラドックスは矛盾とはまったく違います。矛盾はそこで止まってしまいますが、パラドックスは前進しつづけます。なぜなら、私たちが片方の側の真実を知るたびに、別の側の真実に背後からつかまえられるからです』

常々、いかなるケース、いかなる時にも "バランス" が必要だと思っているのですが、それがなぜなのかは正直、感覚としか言いようがない(経験からくるところが大きいとは思うけど)。それが上記のフレーズで何となく腑に落ちました。

パラドックスの中に居るから、バランスが必要なんだ!


と。大袈裟ですかね~。でも、なるほどな~。パラドックスが物事の多くを動かしているという指摘は、今までも何度か触れてきてますが、"パラドックス" と "矛盾" との違いを明記されちれうところが何ともビビビ。

あ、ちなみにパラドックスの例として結婚生活もあげていますね!まぁ食いつき易いネタなのでしょう。
2010-03-09 21:52 : 考え事 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

つくづくぼうし

某氏「オフはなにやってるの?」

私「別にっ」  *余り話すのが楽しくない方なので空返事

某氏「何が楽しくて生きてるの?」

私「そうですね~」 *適当に返事


そんで、良い機会だから今の自分だったらどう答えるかを考えてみた。

「オフが絶対楽しい必要あるのかな。生きていることが素晴らしい。」 


何が何でも満たされている必要なんてないんだな、と最近つくづく思う。

金欲
物欲
名誉
達成感
やりがい

今ですら贅沢なんだ、と思う。
みんなみんな有難う、と思う。

足るを知る、の向こうには・・・

2009-12-02 00:23 : 考え事 : コメント : 1 : トラックバック : 0 :

"自分は謙虚だ"はありえない

"謙虚"であることの維持は困難が多いなと感じました。

人間、傲慢さへのベクトルに力がかかっているのは言うまでもないのですが、だから困難が多いと思っている訳ではありません。

"謙虚である"ことは、何で意識付けされるか(何故に"謙虚である"と言えるか)というと、他人の行動と比べた相対なことが多い。
一方、自分自身の中の「"物事はこうあるべき"という正義な想い」や「"自分はまだまだダメだな"という謙遜の想い」の度合いが強弱で謙虚さは測れるそうだ。だけど、そもそも何がそういう想いが発生するかは、やはり他人の行動と比べて正義感が強い とか 謙遜である とかといった、相対的なものなのだと思う。

まさに人の振り見て我が振り直せ。あー、あの人はこういう行動とるけど、自分は謙虚に行動しようといったようなケース。それが繰り返されると出てくるのが 「自分は謙虚だ」 という想い。

でも、「自分は謙虚だ」と想う事自体、謙虚さが欠けるような。。おぉ、パラドックス。
かといって、そう想わずに謙虚さを維持するのは、何が謙虚か意識しないということなので困難だと思う。

これを解く鍵は、謙虚かそうでないかということを超えた 煩悩を無くすことに通ずるという感覚、それは"悟る"と同じことではないか。そりゃ、益々難しいな。。
2009-10-16 21:24 : 考え事 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

ありがとう、こちらこそありがとう

ふと、こういうのが良いなと思いました。

「ありがとう」
「いえ、こちらこそありがとう」

お互い感謝。感謝が感謝で返ってくる循環は、幸福を増幅してくれますね。

"足るを知る" と、感謝の回数も増えてくるような気がします。
"ありがとう" と言えるハードルを下げれば、意外と相手も近寄ってくるもので。

なかなか。
2009-10-10 12:26 : 考え事 : コメント : 4 : トラックバック : 0 :

尊いんだなぁ

スイミングをしてサウナでジッ。

手を眺めていると、汗が吹き出ている。
タオルで拭くと、またすぐに水滴が出来る。
水滴は隣の水滴とくっついて、くっついて。

それをじっと見ていると、 頑張っている細胞達のことを尊く思う。
黙々と汗を出して熱を発散させている。
私の意志とは関係なく、自分の利益を考えず、他の細胞が良い思いをしていることに羨望せずに。
黙々と汗を出して体温を維持してくれている。

汗に限らず、生きる上で全ての細胞が黙々と働いている。

尊い命・・。

自分の体を傷つける事の意味を思わざるを得ない。こんな黙々と頑張っている細胞達を殺してしまうなんて。

そんなことを思いつつ。。
愛する人たちが当たり前のように動いている。

写真の中の君を見ている時のあの愛おしい想い。
写真の中の君はもういないことだってあるのに。
目の前にするとなぜ忘れてしまうのだろう。
今一度。

あ~なんて喜ばしい。素晴らしいよ。動いているよ。
生きてて良かった。




2009-09-03 21:46 : 考え事 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

僕が生きているということ

大きな存在の方々が若くして亡くなる中、大きな病気もなく僕はこうして"居る"ようです。
自ら命を断たない事、交通事故で命を落とさない事 が 当たり前ではなくなりつつある世の中。
生かして頂いています。

"もっと大きな価値を示さないと"とは思うけど、何かを成し遂げる時には、きっとそうなるはずさ。
平凡というけれど、日常の継続は偉大で尊厳のあることさ。

僕は生きていたいのだろう。

愛している人が存在することを、そして何かを共有していることを感じたいから。
愛している人が存在していたことを、そして何かを共有していたことを感じたいから。
妻とともに歩みたいから。
子供達の成長していく姿を見ていたいから。

いつのことかはわからないけど、もし僕が自ら死期を悟ったら、どうか死ぬ事を認めて下さい。
そして遠慮なく会いに来て欲しいな。
はたまた遠慮のない会話がしたいな。
あなたが再会を楽しんでくれたらハグしちゃうかな。
あなたが別れを悲しんでくれたら号泣しちゃうかな。


この宇宙の中、ほとんど無い等しい確率でこの世に居てしまう不思議。

見知らぬ人とすれ違いたい。
頑張っている人を応援したい。
腹立たしい人には怒りたい。
悲しんでいる人はそっと支えたい。

あなたと出会えたら嬉しいな。
あなたが居てくれるからこその僕なんだ。


この宇宙の中、ほとんど一瞬でしかない時間をこのタイミングで存在してしまう不思議。

楽しい事待ってるぞ、大いに楽しもう!
嬉しい事待ってるぞ、大いに喜ぼう!
悲しい事待ってるぞ、それは嫌だけどその時は悲しみたい。
苦しい事待ってるぞ、それは嫌だけどその時は耐えていたい。


僕が生きているということ。

考えてみるかな。
悩んでみるかな。


正解があったら知りたいですか?




2009-09-01 21:10 : 考え事 : コメント : 2 : トラックバック : 0 :

訃報ふたたび

友人に久しぶりにメールしたら、お母様が最近亡くなったとのこと。
能天気なメールを送信してしまい申し訳ありませんでした。でも、何か予感があったのかな、このタイミング。

励ましたいけど、力になりたいけど、何と声をかけていいのか。力のなさが情けない。
ただただ肩をポンと叩いて気持ちを伝えたい。この気持ちが小さくてもいいから、何かしら支えになってくれることを願う。

お母様には一度もお目にかかったことないけど、大切な友人を産み育てた方だ。お子さんは、魅力的な、素敵な心の持ち主ですと報告したい。手を合わさせて頂きたい。感謝も含めて。

突然押し掛けるのも失礼ですし、色々ありますので、遠慮しました。
勝手ながら、お母様がお勤めで使われていたであろう電車にゆられ、お住まいの最寄り駅でおり、お母様が見られていただろう風景を眺め、空気を感じながら、冥福をお祈りしました。

落胆されているご家族を支えている、当の本人も落胆している友人が張りすぎて体か精神かを壊してしまわないことを切に願うばかりです。


清志郎さん、カオリさん、マイケルさん、お母様、隣の旦那さん、そして祖父。。
皆どうしちまったんだ、、と嘆きたくもなる。友人は「時代の変わり目を思わせる」と表現していた。


そんな中、なぜゆえに私は死んでいない、存在感のある方々はいなくなってしまったのに。。。
よほど価値がない私が。。

いや、生かされているんだ。

きっと何か目的があるんだろう? そりゃ 家族を置いてはいけないし。癌の妻を一人にさせられん。
それ以外にもきっと。

2009-08-26 21:02 : 考え事 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

表現者がいなくなること

表現者のことを音楽や本を通じて、好きになる。名を、顔を、さらけ出してさえも、自分を表現している。勇気がいるでしょう。迷うでしょう。悩むでしょう。これでいいのか・・。それでも表現する。

彼らの"伝える"という行為は相手がいて、愛があるのだと思う。

そんな彼らを代弁者だと自分に重ねてみたり、共感したり、勇気づけられたり、励まされたり、羨望したり。彼らをさらに知りたいと思う。好きな人の事をもっともっと知りたいように。

逝ってしまった。清志郎さん、カオリさん、マイケルさん。。

生きていても会えやしないけど、偶然にも同じ時代を生き、同じ空気に触れていた。

その存在を感じられなくなってしまった。

そりゃ、淋しい。

でも受け入れるよ。

これからも頼りにさせて頂いちゃう。

目に見えない関係になっただけさ。

帰宅時の電車の中でぼんやりしてると、ふと気配を感じたような気がした。

思わず目を瞑って微笑んでしまう。

ご冥福をお祈りします。


カオリさんが"育ててくれた人"という高橋研さんのブログでカオリさんの死について語っています。「かおり」「アナスターシャとの長い別れ」 また生前にも「かおりである。」「はしゃぎすぎた翌朝」とアップされています。高橋さん有難うございます。これを見ると高橋さんだけでなく、多くの人に愛された人だろうなと想像できる。

最後に。

~カオリさんが7歳の娘さんにあてた手紙~ (金スマ出演時に紹介されました)

今、隣で寝息をたてて眠っている娘へ
ママはガンという病気と闘っています
ママのママもそうでした
あなたがこの病気にならないように願わない日はありません
きっと大丈夫
自分の体は自分で守るんだよ
ママは色んなことを想像します
来年もバレンタインのチョコレートを作るのかな
友達と喧嘩した時に 仲直りを上手にできるかな・・・
ぶつかってもいいから ちゃんと話し合うんだよ
ボーイフレンドを紹介されるのはいつだろう
友達の家に泊まるって言われたら ドキドキしちゃうな
どんな仕事に就くのかな?
何でもいいよ あなたが楽しいと思えるなら
何歳で結婚するのかな?
結婚式は絶対にする事!
どんな母親になるのかなぁ?
あなたの事を考えていると 時間があっという間に過ぎていく
あなたが生まれてきてくれて良かった
ママに沢山のことを教えてくれて ありがとう
ママの子供になってくれて ありがとう
病気になって闘っていたのは ママ一人じゃなかった
あなたも闘ってくれていた
あなたは私の小さな戦友だった
あなたにこれから起こる 全てを見届けたい
ママは頑張る 生きるんだよ

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


2009-08-15 17:33 : 考え事 : コメント : 2 : トラックバック : 0 :

冴えない1日に乾杯

1年半以上も集中力は持たないよと、会社に対する失望を やる気の無さの言い訳にして安心してる。

沈んだ気分で「お盆は空いてていいね」と勤め帰りの電車に乗っても、弛みきった気持ちのまま揺られている。

駅からの帰り道。ひとり電灯で照らされた道をぼんやり歩く。

そういえばペルセウス座流星群。

ふと見上げても、曇り空。どうせ願い事なんて。


『冴えない1日に乾杯。』

川村カオリさんの"Life"がiPodから流れてきた。

『This is my life』

ささやくような歌声で締めくられて、家の前で曲が終わった。

いつもと変わらぬ・・・。

2009-08-13 22:12 : 考え事 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

最近は。

最近のブログで書く内容でも反映してしまっていると思うのだけど、仕事に対してのポテンシャルが明らかに落ちているので、プライベートへの比重が高まっている感じ (ビジネスネタが少ない)。

沈む気持ち。萎えるやる気。まぁこういうい波長があるのは普通だけど、色々悩み考えてしまうものです。

社員のポテンシャルって、会社への帰属意識だったり、社会貢献への実感だったり、上司や同僚への敬意だったり(この上司と一緒だったら!)、自分の成長の為だったり、自己実現だったり、色々と要素はあるのだけど、会社にとってそこをうまく利用することがものすごい効率化になると思う。そう感じるのは、あと一歩頑張って帰ろう、と考えるか or 考えないか。最近の傾向としては、あきらかに後者の"さっさと帰る"を選択する職場になってしまっています。さらなる懸念は、そうなってくると いざという時の頑張りは効かないということ (いざという時にゴーサインを出しても都合が良すぎると捉えられてしまい、底力が出ない) 。

色々試したり、考えたりしたけど、、さすがに緊張感は数年と長くは持たないわけで。
「夢は必ず叶います」とカメラのこちら側にいる私たちを見つめながら、おっしゃって下さった清志郎さん。そんな彼の精力的で、楽しんでて、愛に溢れているライブ映像を見ていると、何とも言えない気持ちです。

ちょっと夏休み取って、1週間ほど頭を休めてみようと思う。

2009-07-30 20:52 : 考え事 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :
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korogaruishi

自分を信じ、転がり続けること
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